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アメリカン・スナイパー 興行的テキサスカーボーイの苦悩

観終わった後、戦時中に軍部が協力して作った日本の戦争映画を、終戦後米軍関係者が観て、出征する兵士の家族の悲しみや、兵隊の行軍の苦労が描かれていることが「まるで反戦映画のようだ。」と言ったというエピソードを思い出してしまった。日本では、戦争や軍隊の辛さを描いても、その辛さにもかかわらず国の為に戦うことが一層英雄視され、かえって戦意高揚になってしまうのに、米国では、戦争も軍隊生活も常に楽天的、肯定的に描かなければ愛国心が掻き立てられないのだろう。

そういった意味では、イラク戦争に従軍した兵士の苦悩や家族の悲しみを描いたこの映画は、米国の観客には、ストレートにイラク戦争の悲惨さを描いた作品と映るのかもしれない。

確かにうまく作られた映画で、戦闘シーンもドラマも水準を超えている。観て決して損は無い。いや映画ファンならぜひ見るべきだろう。それでも、何となく割り切れない感じを持ってしまうのは、平和ボケをしている日本人だからなのだろうか。

テキサスのカーボーイだった主人公がアメリカ大使館爆破事件のニュース映像を見て軍隊に志願するというのは、事実かも知れないが、ドラマにしてしまうと、どうしても安直な感じは否めない。シールズでの過酷な訓練と恋人との出会いも「愛と青春の旅立ち」のダイジェストのようだ、とシナリオ上の欠点も多い。それでも、米国の観客の嗜好を考え興行的な成功を狙うとすれば致し方のないことなのかもしれない。

しかし、この映画の最大の留保点は、敵が描けていないことだ。子供の頃に観たジョン・ウェインの「グリーンベレー」に出てきたベトナム民族解放戦線の兵士は、1960年代の西部劇に出てきたアメリカ原住民のようだったけど、この作品のアルカイダの兵士は、クリント・イーストウッド監督だけに、ニューヨークのストリートギャングのイメージだ。敵方の狙撃手ムスタファは、シリア出身のオリンピックのメダリストという設定をしながらドラマとして生かされていない。主人公が復讐の標的にする電気ドリルを片手にテロを働く虐殺者も、残虐な異常者のように描かれるだけ。実は、この虐殺者のモデルになった人物は今もイラクに生きていて、シーア派の軍事組織を率いてイスラム国と戦っている。つまり、今は、アメリカとの同盟側にいる訳で、イラク情勢のそうした複雑さは全く捨て去られている。

もちろんこの映画の主題は、多くの戦功を挙げ、伝説と呼ばれた狙撃手の半生を描くことにあるわけで、イラク戦争について評価することは必要ではない。しかし、帰国してからの主人公、クリス・カイルの精神状態は、戦場の緊張感にだけよるものだったのだろうか。彼が何故イラクに行かなければならなかったのか、彼が誰と戦っていたのか、何故、子供や女性までも狙撃の的にしなくてはならなかったのかが判らなければ、彼の苦悩は、完全には理解できないのではないのだろうか。

その点、この作品では、米軍に敵対するのはワールドトレードセンターを襲った残虐な「アルカイダ」で、主人公の苦悩は、何時、何処からともなく飛んでくる敵の銃弾への恐怖と、年端の行かない子供も射殺しなくてはならない非情な現実に単純化されてしまっているため、帰国してからの彼の苦悩が、悲劇的ではあっても、通り一遍のものにしか見えず、作品そのものも底の浅いものにしてしまっている。

もっとも、戦闘場面は本当に凄い。尋常ではない・・・と言うよりやばい。殆ど市街地での戦闘なのだが、画面の緊迫感は現場に臨場しているような感じを抱かせ、それがドラマにも現実感を作品全体の水準を上げ、観るべき一編にしている。